朝、霧がでると、昼は本当にいい天気になると幼い頃に養父から聞いた。 だから、息子を保育園に送っていく道すがら奈良公園をちょっと遠回りする。 こんな風景が通園の途中に見れるなんて、なんと素敵な土地だろう。 奈良は・・・。 神が舞い降りてくるような、朝でした。 奈良の冬は朝がいいよ。
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なおこ (2008年12月19日 17:53)
すごおい。。と、心底言いそうになりました。被写体も良かったにしても、ここまで撮れる人はめったにいません。今更ですが。
トイレ (2008年12月19日 19:25)
すごい。きれいな景色ですねぇ。
とっても幻想的。空気感も伝わってきます!
touzou (2008年12月19日 22:36)
猿沢の池でしょうか。池の中央に立つあずまやと、何よりも池の水を堰き止めている手前に見える石のたたずまい。2列の石の並びの間隔。夕方ホテルへ行くのに手前の道か、先の道か、案内板を見ながら迷ったとき見ていた石でした。
1 夏目漱石「こころ」 2 相関図とはいきませんが 3 「萌の朱雀」の幸子と構成など (1) 気づきⅠ (2) 気づきⅡ (3) 気づきⅢ (4) 気づきⅣ 4 「風の記憶」(加筆) 5 「七夜待」(未視聴)など 6 「万華鏡」 7 再見&「七夜待」 8 註・原典
1 夏目漱石「こころ」
touzou1 (2008年12月19日 22:47)
2 相関図とはいきませんが これまでに私が触れてきた作者の、作品の相関図とまでは行きませんが、関連について概括的に並べてみます。私自身が何を書いたか忘れていますし、それこそ繰り返しになりますから、本当にただ線で結ぶだけです。2008.11.15 と書きましたが、横浜のジャック&ベティで見た初期短編集など10作品くらいのうち、不確かな形で記憶に残っていた8作品については、短くまとめてあるので、書いたものを再掲示します。そのほうが分かりやすいと思う。そのうち「風の記憶」は既に再掲示してもう一度扱っているので除
touzou2 (2008年12月19日 23:11)
1 「パパのソフトクリーム」――夏の日差しの下で道路に一人立つ、二歳くらいの頃の作者自身の「写真」。つま先の丸い赤い靴を履いていて、その視線は未来を先取りする不思議な時間を見詰めていました。(なおみごよみ・オランダ・「につつまれて」に掲示の通りです。)
2 「女神たちのパン」――作品の最後で、歩道橋の上から見る遠くまで幾重にも重なった信号機の黄色く点滅する注意信号が、一斉に青に切り替わった瞬間によって、二人の少女の一瞬の解放感、時間の変化を捉えていました。青春の出口の無い重苦しい時間を、逆に軽さによって表
touzou3 (2008年12月20日 10:23)
何気ないんだけれど「霧」の写真をさすがだなと思ったのは、二つの鏡の効果です。霧の風景が池の水面に投影されているところと、それを眺めているお子さんの表情がバックミラーに写って両方がフレームに収まっていることです。池の鏡に投影された霧の景色と、車内と窓の水滴と、バックミラーに写った車の外観と車内から景色を見るお子さんの表情。ここには多次元的に映像を集中させていて、プロの技だと思いました。「狐の嫁入り」の、提灯を先頭に進むあやかしの行列を少年が見ているような写真になっています。霧の小さな粒は青い光を散乱させるので
touzou4 (2008年12月20日 10:58)
(2) 気づきⅡ ところで、もう何度目かになる文章を掲示します。 【最後の別れのシーンでは泰代は「ほな」という台詞しかしゃべっていません。「ほな」の一言だけで泰代の別れのシーンは出来ています。20年ほどを暮らしてきた最後を、小説がこんな表現をしたら、バカにしているのかということになってしまいます。小説ではどう転んでも出来ない映画ならではの表現になっています。余分なものを削りに削って、最後に残るコアの部分でこのシーンを撮影したことがよく分かります。その意味で、このシーンは作品全体を象徴しています。つまり削りに
touzou5 (2008年12月20日 11:27)
(3) 気づきⅢ 「萌の朱雀」は繰り返し同じ場所がでてきます。というかカメラがいつも同じ方向から撮影しています。家族が食事をするシーンはいつも室内から外の山々が見える位置で、孝三の背後から撮っているため泰代やみちるや栄介がほぼ正面となり、幸子は斜め横顔を撮ることになり、孝三は後ろ姿となっています。卓袱台を囲んだ家族の位置関係は作品における人物の役割と一致しています。泰代とみちると栄介がほぼ正面から撮られているのは、15年後の物語がこの3人によって展開していくからです。幸子は家を守る人だから側面から撮られてい
touzou6 (2008年12月20日 11:58)
(4) 気づきⅣ 「萌の朱雀」では良く考えると不思議なシーンがいくつもあります。これも何度目かの掲示になりますが、例示します。
1 【孝三の運転するトラックと学校から帰る栄介が出会うシーンは、ふたつの道がぶつかっています。トラックが走る道の平面に対して栄介の歩いてきた道は下っていて、いわば斜めにぶつかっています。立面図を描けば交差しています。トラック(孝三)と栄介がぶつかるシーンになっています。】
2 【みちるの幼稚園の帰り道。泰代とみちると栄介は仲良く手をつないで林道を歩いてゆきます。このシーンは「萌
touzou7 (2008年12月20日 12:30)
4 「風の記憶」(加筆) 「風の記憶」という作品について以前次のように書きました。(再掲の文章ですが、一部論理の媒介の不備を書き加えてあります。加筆した部分は11月12日の日付を入れて分かるようにしてあります。) 「風の記憶」 【奈良発夜行バスでたどりついた東京・渋谷の早朝、一人カメラを持ち、見知らぬ人と出会い、別れ、また新しい出会いを求めて歩いてゆく・・・。】(ホームページFilm worksの紹介文)。
【作者は冬の早朝の渋谷でひとりのホームレスの男性に声を掛けます。その出会いから別れまでを作者自身
touzou8 (2008年12月20日 13:04)
5 「七夜待」(未視聴)など 「七夜待」という作品はまだ見ていませんが、初日にシネマライズでパンフレットを購入しました。そこに「タイ古式マッサージについて」(日本タイマッサージ協会会長 大槻一博)という一文が載っていました。その中にあるいくつかの言葉が、私に「ああそうなんだろうな」と思わせました。受け入れること、リラックスして半ば入眠に近づいていること、呼気を長く吐く呼吸法であることなどです。こんなにつたない文章ですが、私は考えるときにこれに近いことをしています。五感を開いて気づいたイメージの中に入って行き
touzou9 (2008年12月20日 13:37)
6 「万華鏡」 「七夜待」の他に「万華鏡」も、「風の記憶」の手法が表に現れた作品であると思います。あるいは「風の記憶」の応用編といいますか。 新幹線のホームの天井から吊るされた「東京 とうきょう Tokyo」の文字の表示板。蛍光灯が内側から文字を照らし出している表示板から映像は始まります。発車ベルの音。フェードアウト、暗転、構内の人の行き交いの映像に写真家の言葉が流れます。作者と出会った時の写真家の言葉のようです。 『ちっさいときから、引越しすることが多くて、どこ行ってもいっつも何かこよそ者っていう意識が自
touzou (2008年12月20日 13:58)
7 再見&「七夜待」と、8 註・原典は一つ前のスープの記事につけます。
大和高田市のさかもと (2008年12月21日 22:28)
夏の夜、ライトアップされる浮見堂もいいけど、 この朝霧の写真は神秘的でとてもいいですね。 神宿る大和(奈良)の地を実感させられます。 早起きは三文の得。 霧の中にたたずんでいる鹿の群れなども 絵になると思います。
はい (2008年12月22日 01:11)
すげぇ... かっぱでてきそう...
izawa (2008年12月24日 15:10)
あらっ おやおや
かわいい瞳がミラーから覗き込んでいるのですね。 素敵なアングルだ~
旧なおみごよみはこちらから
なおこ (2008年12月19日 17:53)
すごおい。。と、心底言いそうになりました。被写体も良かったにしても、ここまで撮れる人はめったにいません。今更ですが。
トイレ (2008年12月19日 19:25)
すごい。きれいな景色ですねぇ。
とっても幻想的。空気感も伝わってきます!
touzou (2008年12月19日 22:36)
猿沢の池でしょうか。池の中央に立つあずまやと、何よりも池の水を堰き止めている手前に見える石のたたずまい。2列の石の並びの間隔。夕方ホテルへ行くのに手前の道か、先の道か、案内板を見ながら迷ったとき見ていた石でした。
1 夏目漱石「こころ」
2 相関図とはいきませんが
3 「萌の朱雀」の幸子と構成など
(1) 気づきⅠ
(2) 気づきⅡ
(3) 気づきⅢ
(4) 気づきⅣ
4 「風の記憶」(加筆)
5 「七夜待」(未視聴)など
6 「万華鏡」
7 再見&「七夜待」
8 註・原典
1 夏目漱石「こころ」
touzou1 (2008年12月19日 22:47)
2 相関図とはいきませんが
これまでに私が触れてきた作者の、作品の相関図とまでは行きませんが、関連について概括的に並べてみます。私自身が何を書いたか忘れていますし、それこそ繰り返しになりますから、本当にただ線で結ぶだけです。2008.11.15
と書きましたが、横浜のジャック&ベティで見た初期短編集など10作品くらいのうち、不確かな形で記憶に残っていた8作品については、短くまとめてあるので、書いたものを再掲示します。そのほうが分かりやすいと思う。そのうち「風の記憶」は既に再掲示してもう一度扱っているので除
touzou2 (2008年12月19日 23:11)
1 「パパのソフトクリーム」――夏の日差しの下で道路に一人立つ、二歳くらいの頃の作者自身の「写真」。つま先の丸い赤い靴を履いていて、その視線は未来を先取りする不思議な時間を見詰めていました。(なおみごよみ・オランダ・「につつまれて」に掲示の通りです。)
2 「女神たちのパン」――作品の最後で、歩道橋の上から見る遠くまで幾重にも重なった信号機の黄色く点滅する注意信号が、一斉に青に切り替わった瞬間によって、二人の少女の一瞬の解放感、時間の変化を捉えていました。青春の出口の無い重苦しい時間を、逆に軽さによって表
touzou3 (2008年12月20日 10:23)
何気ないんだけれど「霧」の写真をさすがだなと思ったのは、二つの鏡の効果です。霧の風景が池の水面に投影されているところと、それを眺めているお子さんの表情がバックミラーに写って両方がフレームに収まっていることです。池の鏡に投影された霧の景色と、車内と窓の水滴と、バックミラーに写った車の外観と車内から景色を見るお子さんの表情。ここには多次元的に映像を集中させていて、プロの技だと思いました。「狐の嫁入り」の、提灯を先頭に進むあやかしの行列を少年が見ているような写真になっています。霧の小さな粒は青い光を散乱させるので
touzou4 (2008年12月20日 10:58)
(2) 気づきⅡ
ところで、もう何度目かになる文章を掲示します。
【最後の別れのシーンでは泰代は「ほな」という台詞しかしゃべっていません。「ほな」の一言だけで泰代の別れのシーンは出来ています。20年ほどを暮らしてきた最後を、小説がこんな表現をしたら、バカにしているのかということになってしまいます。小説ではどう転んでも出来ない映画ならではの表現になっています。余分なものを削りに削って、最後に残るコアの部分でこのシーンを撮影したことがよく分かります。その意味で、このシーンは作品全体を象徴しています。つまり削りに
touzou5 (2008年12月20日 11:27)
(3) 気づきⅢ
「萌の朱雀」は繰り返し同じ場所がでてきます。というかカメラがいつも同じ方向から撮影しています。家族が食事をするシーンはいつも室内から外の山々が見える位置で、孝三の背後から撮っているため泰代やみちるや栄介がほぼ正面となり、幸子は斜め横顔を撮ることになり、孝三は後ろ姿となっています。卓袱台を囲んだ家族の位置関係は作品における人物の役割と一致しています。泰代とみちると栄介がほぼ正面から撮られているのは、15年後の物語がこの3人によって展開していくからです。幸子は家を守る人だから側面から撮られてい
touzou6 (2008年12月20日 11:58)
(4) 気づきⅣ
「萌の朱雀」では良く考えると不思議なシーンがいくつもあります。これも何度目かの掲示になりますが、例示します。
1 【孝三の運転するトラックと学校から帰る栄介が出会うシーンは、ふたつの道がぶつかっています。トラックが走る道の平面に対して栄介の歩いてきた道は下っていて、いわば斜めにぶつかっています。立面図を描けば交差しています。トラック(孝三)と栄介がぶつかるシーンになっています。】
2 【みちるの幼稚園の帰り道。泰代とみちると栄介は仲良く手をつないで林道を歩いてゆきます。このシーンは「萌
touzou7 (2008年12月20日 12:30)
4 「風の記憶」(加筆)
「風の記憶」という作品について以前次のように書きました。(再掲の文章ですが、一部論理の媒介の不備を書き加えてあります。加筆した部分は11月12日の日付を入れて分かるようにしてあります。)
「風の記憶」
【奈良発夜行バスでたどりついた東京・渋谷の早朝、一人カメラを持ち、見知らぬ人と出会い、別れ、また新しい出会いを求めて歩いてゆく・・・。】(ホームページFilm worksの紹介文)。
【作者は冬の早朝の渋谷でひとりのホームレスの男性に声を掛けます。その出会いから別れまでを作者自身
touzou8 (2008年12月20日 13:04)
5 「七夜待」(未視聴)など
「七夜待」という作品はまだ見ていませんが、初日にシネマライズでパンフレットを購入しました。そこに「タイ古式マッサージについて」(日本タイマッサージ協会会長 大槻一博)という一文が載っていました。その中にあるいくつかの言葉が、私に「ああそうなんだろうな」と思わせました。受け入れること、リラックスして半ば入眠に近づいていること、呼気を長く吐く呼吸法であることなどです。こんなにつたない文章ですが、私は考えるときにこれに近いことをしています。五感を開いて気づいたイメージの中に入って行き
touzou9 (2008年12月20日 13:37)
6 「万華鏡」
「七夜待」の他に「万華鏡」も、「風の記憶」の手法が表に現れた作品であると思います。あるいは「風の記憶」の応用編といいますか。
新幹線のホームの天井から吊るされた「東京 とうきょう Tokyo」の文字の表示板。蛍光灯が内側から文字を照らし出している表示板から映像は始まります。発車ベルの音。フェードアウト、暗転、構内の人の行き交いの映像に写真家の言葉が流れます。作者と出会った時の写真家の言葉のようです。
『ちっさいときから、引越しすることが多くて、どこ行ってもいっつも何かこよそ者っていう意識が自
touzou (2008年12月20日 13:58)
7 再見&「七夜待」と、8 註・原典は一つ前のスープの記事につけます。
大和高田市のさかもと (2008年12月21日 22:28)
夏の夜、ライトアップされる浮見堂もいいけど、
この朝霧の写真は神秘的でとてもいいですね。
神宿る大和(奈良)の地を実感させられます。
早起きは三文の得。
霧の中にたたずんでいる鹿の群れなども
絵になると思います。
はい (2008年12月22日 01:11)
すげぇ...
かっぱでてきそう...
izawa (2008年12月24日 15:10)
あらっ
おやおや
かわいい瞳がミラーから覗き込んでいるのですね。
素敵なアングルだ~